吟嘯浪士(ぎんしょうろうし) 孔明の巻

内容

劉備は司馬徽(しばき)の宅を去った。

新野(しんや)へ帰った劉備は孫乾(そんけん)に書簡を持たせ、劉表(りゅうひょう)のもとへ向かわせた。

劉表は、蔡瑁(さいぼう)が襄陽(じょうよう)の会で陰謀を企てていたことを知り、激怒した。
「蔡瑁を斬れ」劉表は命じたが、蔡瑁の妹であり、劉表の妻である蔡(さい)夫人が命乞いをしたため、蔡瑁は助かった。
孫乾が帰る時、劉表は嫡子の劉琦(りゅうき)を同行させ、劉備に謝罪した。

その折、劉琦は劉備に小声でもらした。「継母の蔡夫人は、実子の劉琮(りゅうそう)を世継ぎにしようとしていて、私劉琦の命を奪おうとしている」
劉備は劉琦を優しく慰めた。

次の日。劉備は劉琦を見送った帰り、町の辻までくると、ひとりの浪人が歩いていた。
劉備は、その浪人が臥龍(がりょう)か鳳雛(ほうすう)ではないかと思い、馬を降り、浪人に声をかけ、城中へ誘った。

その浪人は単福(たんふく)と名乗った。
単福は、劉備が乗っていた馬を見た。
「祟りをなす馬だ。しかし災いを除く方法があります。それはそばに仕える者にこの馬を貸しておき、その者が祟りをうけたあと、馬を取り戻せば心配はありません」単福は言った。
劉備は単福にすぐに帰るようにと言った。ずるがしこい知恵をささやく者に礼儀を尽くすことはできないというのだ。
単福は、劉備の心を試してみたと言い、謝った。
劉備は単福を軍師として迎えた。

曹操は、曹仁(そうじん)を大将に命じて樊城(はんじょう)へ進出させた。曹仁の下には、李典(りてん)、呂曠(りょこう)、呂翔(りょしょう)の三将がいた。
呂曠と呂翔は兵五千を与えられ、新野へ向かった。

呂曠と呂翔が率いる曹操の軍と単福が指揮する劉備の軍がぶつかった。
結果、曹操の軍は兵五千から兵二千となり、樊城へ逃げ帰った。

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