内容
袁紹(えんしょう)は劉備に相談があると言った。
「曹操を攻めようと考えるが、配下の田豊(でんほう)が二、三年待てと言う。劉備殿ならどうする」
「時は今なりと信じます」劉備は答えた。
袁紹は田豊を呼びつけ、消極的な意見を叱責した。
田豊はそれでも反論した。「軍を出せば大敗を喫します」
「わが河北(かほく)の軍は薄弱というのか」袁紹は激怒し、田豊を斬れと命じた。
劉備と諸将が袁紹を諫めたため、袁紹は「獄へ入れろ」と命じた。
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袁紹の四州の軍は白馬(はくば)へ向かった。
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袁紹軍先陣の顔良(がんりょう)は黎陽(れいよう)方面まで突き進んでいた。
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関羽は曹操に会い「日ごろの御恩に報いるため、先手に加えてほしい」と志願した。
曹操は丁重に断った。
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数日後。曹操軍は白馬の野に布陣し、袁紹軍とぶつかった。
袁紹軍顔良の兵十万が曹操軍の右翼を突き崩していた。
曹操軍宋憲(そうけん)が顔良にぶつかるが、顔良に一斬りにされた。
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