骨を削る(ほねをけずる) 三国志(九)出師の巻

・関羽、華陀の手術を受ける

あらすじ

大将于禁(うきん)、副将龐徳とする魏軍を破った関羽軍は、樊城(はんじょう)攻略も時間の問題であった。
しかし関羽は戦に出られる状態ではなかったため、関羽軍は動かなかった。
龐徳が放った矢傷の痛みを、人前では隠していた関羽であったが、夜になると、熱を発し、苦しむ声が漏れていた。
関平と王甫(おうほ)は、諸方へ人を派して名医を捜させると、江岸監視隊の一将が、華陀(かだ)という医者を連れて来た。

関羽は馬良と碁を打ちながら、矢傷のあるひじを華陀に見せた。
傷口は膨れ上がっている
華陀は嘆息をもらし、毒薬が鏃(やじり)に塗ってあり、骨髄にまで達しているというのだ。
二つの鉄の環(かん)を取り出した華陀は、ひとつの環を柱に打ち、ひとつの環に関羽の腕を入れて、縄で縛ろうとした。
関羽が「どうするのか」と問うと、「この手術では、いかに将軍でも必ず暴れ苦しむに違いありませんので、動かぬようにいたします」という。
関羽は鉄環から腕を抜き、「すぐにはじめてくれ」と言った。

華陀は傷を切開し、鋭利な刃物で骨をガリガリと削った。
そのあいだ、関羽は碁盤から眼を離さなかったが、まわりにいた関平や侍臣は真っ青になってしまい、いたたまれずに立ち去ったものもいた。
この手術が終わるころには、華陀の額にもあぶら汗が浮いていた。

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