次男曹彰(じなんそうしょう) 三国志(八)図南の巻

・曹操と劉備、漢水でぶつかる

あらすじ

曹操にとっては予想外な損害となり、遠く南鄭(なんてい)まで退陣し、軍の増強を急いだ。この辺の地理に詳しいことから曹操に仕えることとなった王平は、徐晃(じょこう)の副将として、漢水の岸に立ち、策を考えていた。「河を渡って陣を敷く」という徐晃に対して、「水を背にするのは不利だ」と王平は反対した。「背水の陣を知らぬのか」と徐晃は言い、浮橋を渡して、漢水を越えていった。

蜀軍が待っているだろうと徐晃は予測していたが、一本の矢も飛んでこない。徐晃の軍は前進し、日没に近づくと、蜀の陣地へ、ある限りの矢を放った。劉備、黄忠、趙雲は、魏軍のなすままにさせておいたが、急に黄忠と趙雲に命を下した。黄忠の軍は、徐晃の軍とぶつかったが、もろくも総崩れとなり、夕闇へ逃げていった。徐晃は黄忠を捕らえようと、追撃したが、ふと背後を振り返ると、漢水の浮橋が、燃えていた。徐晃は全軍へ向って、
「退却!」と叫んだが、趙雲、黄忠の軍にすでに囲まれていた。漢水の向うまで、なんとか逃げることがてきた徐晃は、王平を見つけるやいなや、「どうして浮橋が焼かれるのを黙って見ていたのだ」と、罵倒した。王平は、今回の策が異なった時から、徐晃を無能とみなし、魏軍に見限りをつけていた。その夜、自分の陣地に火を放ち、漢水を越えて、部下と共に、蜀へ投降した。

曹操は、再度、漢水を前面に、陣を敷いた。次の日の真夜中、突然、一発の石砲がとどろき、銅鑼(どら)、鼓、叫び声が起こった。魏の陣営は大騒動となったが、四方の闇を見まわしても、何もない。あらためて魏兵が眠りにつくと、またまた、爆音や鬨(とき)の声がした。三日のあいだ、毎晩、同じことが起こり、魏兵はみな寝不足になった。魏兵の顔を見た曹操は、三十里ほど退いて、広野の中に陣を敷いた。諸葛亮は笑っていた。夜ごとの砲声や銅鑼は、上流の盆地に潜ませていた趙雲軍の仕業だったからだ。四日目の夜が明け、蜀軍は河を渡り、漢水をうしろにして、軍を配置した。蜀軍の覚悟を感じた曹操は、「明日、五界山の前で会おう」と、劉備へ決戦状を送った。

次の日、蜀軍と魏軍は向かい合った。馬上から曹操は劉備を手で招くと、蜀の陣から劉封、孟達を左右に従え、劉備は馬をすすめた。曹操と劉備は、二言三言ほど話をしたのち、大戦が開始された。午(うま)の刻を過ぎるまで、魏は圧倒的に勝っており、蜀の兵は逃げだしていた。逃げる蜀兵を追うのを、曹操は止めた。蜀兵の敗走に何か策があるとみたのである。ところが、魏軍が退くと、蜀軍は逃げから攻めに転じてきた。諸葛亮の作戦は、曹操自身の智をもって、曹操の智と闘わせ、その惑(まど)いの虚を突くことにあった。その結果、魏が治めていた南鄭(なんてい)から褒州(ほうしゅう)の地は蜀の手に渡り、魏軍は陽平関まで追われてしまった。

曹操は許褚(きょちょ)を呼んで、「危地にある兵粮全部を、後方の安全な地点へ移してこい」と命じた。許褚は千余騎を率いて、陽平関を出た。目的地につくと、「今夜は月もよいから山道を歩きやすい。出発するぞ」と命じた。夜中頃、許褚の行軍は、褒州の難所へかかった。すると谷間から、蜀兵が突進してきた。頭の上からは岩や石ころが落ちてきた。蜀の兵は、山の上下にいる。兵糧を積んだ車輛は、逃げていくうちに谷間のふところへ出た。ここには、張飛が待っていた。許褚の影を見た張飛は、大矛(おおほこ)を伸ばして、許褚の肩先を突いた。許褚は馬からころげ落ちた。張飛は、とどめを刺そうとした時、張飛の馬に大きな石が一つあたり、馬がはねた。そのあいだに、許褚の部下たちが、許褚を囲み、守った。許褚は命からがら逃げることができたが、兵糧の大部分は、張飛に奪われてしまった。陽平関へ逃げもどると、陽平関は炎につつまれていた。曹操の所在は、味方にすら不明だった。「斜谷(やこく)に向かって退却された」と聞き、許褚は、ひたすら曹操を追いかけた。

曹操は、斜谷に近づくと、むこうから大きな馬煙が見えた。曹操は青ざめた。しかしむこうからくる一軍は、次男曹彰(そうしょう)が率いる五万の味方だった。曹彰は夷(えびす)の反乱を治めに出ていたが、漢水方面の大戦が不利と聞き、加勢に向ってきたのだった。よほどうれしかったのか、曹操は馬上からわが子の手を握り、その手を離さなかった。

メモ

●乾坤一擲(けんこんいってき)
運を天にまかせて、のるかそるかの大勝負をすること。

●大捷(たいしょう)
圧倒的に勝つこと。

●蜿蜒(えんえん)
うねり曲がって長く続くさま。

●輜重(しちょう)
武器・食糧などの軍用物資。

●突貫(とっかん)
激しい勢いでつきやぶり向こうへぬけること。

●烏丸(うがん)
幽州北部に居住する騎馬民族。かつて曹操に平定された。

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