女傑(じょけつ) 三国志 出師の巻

・張嶷・馬忠と祝融夫人の交換

あらすじ

諸葛亮に解放された孟獲(もうかく)・弟孟優・朶思大王(だしだいおう)は、孟獲の本国、南蛮中部の蛮都(ばんと)に逃げ帰った。
そして、銀坑山の蛮宮の前衛である三江城の総大将に朶思大王をあてた。

蜀軍は三江に着き、三江城を三度、攻撃したが、城壁上の弩(いしゆみ)に苦戦し、十里ほど陣地をひいた。

諸葛亮は、明夕初更までに一枚の布を用意しておくようにと、兵たちに命じた。
初更の時刻となり、諸葛亮は兵たちを集め、策を発し、出陣を命じた。

二十余万の蜀兵は、各々一枚の布に土をつめて土袋とし、三江城の城壁下に土袋を積んでいった。
蛮軍は三江城の城壁上から弩で応戦したが、一度に二十余万の蜀兵が押し寄せてきたため、防ぐことができなかった。
土袋は城壁の高さを越えて積み上がり、蜀兵は城の中へなだれこんだ。
蛮兵は銀坑山方面へ逃げ、朶思大王(だしだいおう)は討たれた。

この知らせが銀坑山の蛮宮に届き、次の日、孟獲の妻祝融(しゅくゆう)夫人は出陣した。
短剣を飛ばせば百発百中といわれている祝融夫人は、蜀軍とぶつかり、張嶷(ちょうぎ)の股と馬忠の馬の顔に短剣を飛ばし、ふたりを生け捕った。

蜀軍は、祝融夫人に罵詈雑言を浴びせ、挑発した。
祝融夫人は怒り狂って蜀軍を追いかけはじめた。
蜀軍は、ののしりながら祝融夫人を山間に誘い込み、八面から包みこんで生け捕った。

張嶷・馬忠と祝融夫人は交換となり、それぞれ解放された。

メモ

●諭告(ゆこく)
さとし言い聞かせること。

●猩々(しょうじょう)
想像上の動物。 オランウータンに似るが、顔と足は人に似て髪は赤く長く垂れ、よく酒を飲むという。

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