剣と戟と楯(けんとほことたて) 図南の巻

内容

司馬懿(しばい)は中軍の手簿(しゅぼ)を勤め、曹操(そうそう)のそばにいた。

ある日、司馬懿は曹操に「蜀(しょく)攻め」を進言し、重臣の劉曄(りゅうよう)も賛成した。

しかし、曹操は「兵馬を休ませる必要がある」と言い、軍を動かさない。赤壁(せきへき)以前の活発な曹操ではなかった。

「今にも曹操が、国境を越えて攻めてくる」という噂が蜀に広まった。

諸葛亮(しょかつりょう)は魏の対策を立てた。

・能弁な士を選び、呉へ使いに出す

・先に約束した荊州三郡(けいしゅうさんぐん)を、呉へ返す

・孫権(そんけん)は合淝(がっぴ)の城を攻める

そうなると、魏は蜀よりも、南方へのびて行こうとする、という見立てだ。

「呉への使いは、誰が適任か」劉備が座中を見渡した時、伊籍(いせき)が名乗り出た。

伊籍は劉備の書簡を持って、まずは荊州へ向かい、関羽(かんう)に会った。劉備と諸葛亮の意を伝えるためだ。

呉に着いた伊籍は、呉の首脳陣に説いた。「呉が合淝をお攻めになれば、曹操は都へ引揚げましょう。玄徳(げんとく 劉備)は、直ちに、漢中(かんちゅう)を獲ります。そして、荊州全土を呉へ返上する考えです」

孫権は了承し、魯粛(ろしゅく)を荊州接収のため現地へ派遣した。

呉の作戦は、

・軍を陸口(りっこう)附近に駐屯

・魏の皖城(かんじょう)を獲る

・つづいて、合淝(がっぴ)を攻める

というものだった。

皖城攻めの布陣は、

・先手 呂蒙(りょもう)、甘寧(かんねい)

・後陣 蒋欽(しょうきん)、潘璋(はんしょう)

・中軍 孫権、周泰(しゅうたい)、陳武(ちんぶ)、徐盛(じょせい)、董襲(とうしゅう)

とした。

皖城攻めは簡単ではなく、呉の犠牲はかなりのものとなった。

皖城占領の日、孫権は宴を開き、士気を鼓舞した。

宴の途中、余杭(よこう)の地から来た凌統(りょうとう)が遅れて宴に加わった。

「もう二日、早く着いていたら、この一戦に間に合ったものを」と凌統が左右の人々に話している。

「まだ合淝の城がある。合淝を攻めるときは、それがしの如く、一番乗りをし給え」と上座にいる甘寧が言った。

甘寧は皖城陥落の際、一番乗りをしていたのだ。

凌統は鼻さきで笑った。そして、むかし甘寧に討たれた父のことを思い出した。

「凌統。何を笑うか」甘寧は凌統の手元をにらみつけた。

凌統はハッとした。自分の手が剣にかかっていたからだ。

凌統は手元をごまかすために、立ち上がって、剣の舞を舞い始めた。

甘寧もさてはと、うしろの戟(ほこ)をとり、舞い始めた。

ふたりの舞は激しく、「隙あらば斬ってやる」とお互いが威圧していた。

大事と見た呂蒙は、楯を持って、ふたりの間へ飛びこみ、その場を収めた。

「ふたりとも、わが前へ来い」孫権は、ふたりに杯を渡し、「旧怨は互いに忘れてくれよ。いいか、ゆめ思うな」と諭した。

関連記事

次の章「遼来々(りょうらいらい)」へ進む

前の章「漢中併呑(かんちゅうへいどん)」へ進む

トップページへ進む