あらすじ
一
劉備は荊州へ引き揚げた。
劉備は北岸の要地油江口を公安と改め、城を築き、北の魏、南の呉に備えた。
一方、呉の主力は、赤壁の大勝後、孫権みずから合淝の城を攻めていた。
合淝の城は魏の張遼・李典・楽進が守っている。
呉は連攻連襲を試みるが、城は落ちなかった。
魯粛が孫権を訪ねた。
魯粛は、周瑜が重体で倒れたこと、荊州・襄陽・南郡を劉備に獲られたこと、を孫権に報告した。
そこへ、合淝の城中から書簡が届いた。その書簡は張遼からの決戦状であり、孫権をはずかしめるものであった。そのため、孫権は激怒した。
つぎの日の早朝、陣門を開き、黄金の兜をつけた孫権が打って出てきた。
合淝の城からは、張遼・李典・楽進が押し寄せる。
張遼の一本槍が孫権に向かってきたので、呉の太史慈が張遼の前に出て、防いだ。
二
張遼と太史慈は、双方、長鎗を交えるが、勝負は互角であった。
一方で、楽進と李典は孫権をみつけ、襲いかかる。李典の鎗が孫権に迫った。
呉の宋謙が馬を横からぶつけ、孫権を守るが、楽進の鉄弓が宋謙の胸を射抜いた。
孫権は、その隙に、逃げ走った。
敵味方が入り乱れるなか、戦っていた張遼と太史慈は、そのまま引き分かれていった。
陣営に戻った孫権は、宋謙を失い、ひどく哀しんだ。
長史張紘は「こういう失敗は良き教訓です」と諫め、孫権も「以後は慎む」と答えた。
つぎの日、太史慈が孫権にささやいた。「それがしの部下戈定が張遼の馬飼と兄弟でありましたので、密かに内通させました。すでに戈定は昨日の戦いで敵の中にまぎれ、城中に入りこんでおります。それがしに今夜、五千騎を与えてください。張遼の首を獲ってみせます」
孫権は太史慈に五千騎を与えた。
三
真夜中になると、「裏切者だ」という声が、合淝の城中で聞こえた。
張遼が寝所から出ると、諸所に赤い火光が見えたが、しばらくすると、李典が戈定と馬飼の小者を捕らえてきた。そして、二人の首を斬って捨てた。
一方、太史慈は、火の手が上がるのを見て、城門へ殺到した。
この様子を見ていたのか、張遼は敵の企てを悟り、西の一門を内から開かせた。
太史慈は手勢の先頭に立ち、西門の中へ走りこんだ。
途端に、城の矢倉の陰や剣塀の上から、矢が降り注ぎ、太史慈は全身に矢を浴びた。まるで針鼠のようになった。
李典と楽進は城中から大反撃に出たため、呉軍は南徐の潤州あたりまで敗退した。