黄忠の矢(こうちゅうのや) 望蜀の巻

あらすじ

張飛が武陵の攻略を望んだため、諸葛亮は兵三千を与え、向かわせた。

武陵の城将のひとり鞏志は、太守金旋に降伏をすすめたが、金旋は「裏切り者」と判断し、鞏志の首を斬ろうとした。周りの者が諫めたため、取りやめとなった。

金旋は城外二十里の外に防御の陣を敷き、張飛の部隊を待った。しかし、張飛の部隊に蹴散らされたため、城へ逃げ戻った。

鞏志が楼門の上で待ち構えており、矢を放って、金旋の首を獲った。そして、城門を開き、張飛を迎え入れた。

張飛は鞏志に書簡を持たせ、桂陽にいる劉備の元へ、その報告に向かわせた。

劉備は鞏志を武陵の太守に任じ、荊州を守る関羽へは、零陵・桂陽・武陵を得たことを知らせた。

関羽からすぐに返書が届いた。張飛も趙雲も功をあげておりうらやましい、とあった。劉備はすぐに張飛を荊州に返して、関羽と交代させ、五百騎を与えて「長沙へ行け」と命じた。

出陣の準備している関羽に、諸葛亮は言った。「長沙には、もう年六十に近く、髪も髯も真っ白になっているだろうが、大刀を使い、鉄弓を引き、万夫不当の勇がある。黄忠というが、大兵であたらなければ無理であろう」

しかし、関羽は兵の増員を求めず、その夜のうちに出て行った。

劉備は、諸葛亮のすすめにより、一軍を率いて、関羽を助けるため、長沙へ急いだ。

関羽は長沙の太守韓玄の部下楊齢を斬ると、ひとりの老将が大刀をひっさげて現れた。関羽は一目見て、黄忠だとわかった。

関羽の偃月の青龍刀と、黄忠の大刀がぶつかるが、勝負のつく様子は見えなかった。

城の上から眺めていた太守韓玄は黄忠が討たれては一大事とみて、退き鐘を打った。

黄忠は城中へ向かったが、関羽は追い、追いついた。そして、偃月刀を振り上げたが、「馬を乗り替えて、あらためて勝負を決めよう」と言って、引き返した。黄忠の馬の前脚が挫いて折ってしまい、馬とともに、転んでいたからである。

つぎの日、関羽はふたたび、五百の兵を率いて、城下へ迫った。

黄忠は関羽とぶつかり、やがて昨日のように逃げ出した。橋の辺りまで来ると、黄忠は振り返って、弓の弦を「ぶん」と鳴らした。矢は飛んでこなかった。橋を越えると、黄忠はまた、弓の弦を「ぶん」と鳴らした。三度目には、矢うなりがして、一本の矢が飛んできた。その矢は関羽の盔(かぶと)の纓(お)を見事に切った。

関羽は胆を冷やした。そして「きのうのわが情けを、今日の矢で返したものか」と悟り、関羽は兵を退けた。

一方、太守韓玄は「黄忠が関羽を故意に助けた」と判断し、即刻、斬れと命じた。

黄忠は刑場に連行された。

執行直前になると、魏延が周囲の柵を蹴り破って、躍りこんで来た。荊州の劉表に仕え、荊州没落後、長沙に身を寄せていた、あの魏延である。日頃から、韓玄は魏延を優遇しなかったため、この機会を待っていたのかもしれない。

魏延は黄忠をかかえて、刑場から脱出し、それから半刻後には、太守韓玄の首を斬って、関羽へ降伏した。

助けられた黄忠は病を理由に邸に閉じこもってしまった。

劉備は、黄忠が閉じこもっている理由を「旧主にたいする忠誠にほかならない」と言い、みずから黄忠の邸を訪れた。

その礼に感じて、黄忠はついに門を開き、降参した。

関羽が魏延を伴い、劉備と諸葛亮の前に出て、「魏延の功績に、褒美をお願いします」と言った。

劉備は魏延を階の上に請じようとした。

その時、諸葛亮が言った。「魏延は主君の命を奪って、降伏した。これは許し難き不忠不義です。魏延を斬れ」と命じた。

劉備は「彼の心はもとから荊州へ復帰したい念願であったにちがいない。どうか一命は助けてとらすように」と、諸葛亮をなだめた。

諸葛亮は言った。「魏延の相を観ると、味方にしても、後々、かならず背くに違いありません。しかし、わが君のお言葉、承知いたしました」

魏延はただ感泣にむせていた。

また、劉備は劉表の甥の劉磐が荊州滅亡後、野に隠れていることを黄忠から聞き、捜し出して、長沙の太守に任じた。

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