朝の月(あさのつき) 望蜀の巻

あらすじ

孫権のもとに、柴桑さいそうにいる周瑜から一書が届いた。そこには今後の方策が書かれていた。

周瑜の方策とは、劉備に贅沢を与え、荊州へ帰ることを忘れさせ、荊州に残る連中と離反四散させる、というものであった。

孫権は呉の東府にひとつの楽園を建築した。

呉妹は「私たち二人のために」と感謝し、劉備は過ぎていく月日を忘れた。

劉備の様子に趙雲は毎日、ため息ばかりついていた。そんな折、諸葛亮から贈られた袋を思い出し、第二の袋を開けた。

趙雲は劉備に報告した。「たいへんです。曹操みずから五十万騎を率い、荊州へ攻め込んできました。すぐお帰りください」

劉備は「よし、帰ろう」と答えるが、「妻にもこのことを相談する」と言い、妻の部屋へ向かった。

劉備夫人は「私もともに参ります。元日の夜明けまでお待ちください」と言って、呉の城を出る計画を話した。

建安十五年の元旦。劉備は妻とともに、母公の宮房を訪ね、「これから江の畔へ行って、ご先祖の祭りをしてまいります」と告げた。

信心深い母公は機嫌よく、夫婦を出してやった。

外城門まで出ると、車を押す士卒や、ともの武士たちに「そち達は垢を浄めてこい」と命じて、追い払った。

その間に、劉備夫人は車の中で着替え、小さい弓を軽装に吊るし、そして一頭の馬に乗り換え、向かった。

劉備と夫人は趙雲と合流し、陸路をとって国外へ急いだ。

一方、身を浄めて戻ってきた士卒と武士は、劉備と夫人の姿がないため、江辺を探し回った。後難をおそれたためか、孫権の耳に入ったのは夕方に迫っていたころだった。

孫権は兵を出して劉備を追わせた。

そのことを知った程普が急いで登城した。

追っての将が陳武と潘璋だと知ると、程普は「呉妹君の男勝りなご気性をみな深く恐れています。陳武と潘璋ごときでは……」と言った。

孫権はそう聞くと、蒋欽と周泰を呼び、自身の剣をさずけて、「劉備を追え」と命じた。

関連記事

次の章「凛々細腰の剣(りんりんさいようのけん)」へ進む

前の章「鴛鴦陣(えんおうじん)」へ進む

望蜀の巻(ぼうしょくのまき)へ進む

トップページへ進む