第七巻 望蜀の巻 第一七八回 荊州往来
あらすじ
周瑜は孫権へ書簡を送る。
「南郡の太守に封ずとの詔が下りましたが、南郡は劉備の地であり、劉備は主家の妹婿。朝命に従おうとすれば主家に背き、主家に従おうとすれば、朝命に背くことになります。君公からのご指示をお待ちします」
孫権は魯粛を劉備のもとへ派遣し荊州返却を求める。
劉備は泣き、諸葛亮は拒否する。
「皇叔と蜀の劉璋は血において兄弟も同じです。蜀へ攻め入れば世人は不徳をののしります。だからといって荊州を呉侯へ返せば身を置く国もありません」
会談はまとまらず、魯粛は帰る途中に柴桑の周瑜を訪ねる。
周瑜から策を授かった魯粛はふたたび荊州へ引き返し、劉備へ申し出る。
「呉の軍勢をもって蜀を攻め獲り、皇叔に与える。その節には荊州を通過することと、多少の軍需兵糧を補給するという確約をむすんでほしい」
劉備は諸葛亮との打ち合わせどおり、協力を誓う。
魯粛が帰ったあと、諸葛亮は劉備に「周瑜は荊州を獲るつもりです」と説明する。
一方、周瑜は魯粛の報告を聞き、「初めて孔明を欺けたぞ」と喜ぶ。
周瑜は水陸五万を編成し荊州へ向かう。
先手の斥候によると、荊州の城に白旗がなびいているという。周瑜は甘寧と丁奉と精兵千騎をつれ、荊州の城へ向かう。
「孔明も馬鹿ではない。こちらの策を察して城から逃げ出したのかもしれない」
城門前まで来ると、やぐらの上に趙雲がいる。白旗が降ろされ紅の旗が揚がり、趙雲は槍を振り上げて投げる姿勢をとった。
「軍師孔明は周都督の計を見破り、それがしは軍師の命によりここを守っている。よそを探しなさい」
周瑜は驚いて引き返す。
「令」の旗を背にした一騎が周瑜に報告した。
「関羽、張飛、黄忠、魏延が四方より攻めて来ています。また民どもが周瑜を生け捕りにしろとわめいております」
周瑜は治りかけていた金瘡が破れ、馬から落ちた。
孫権の弟孫瑜が援軍を率いて周瑜に合流する。周瑜を病輿に乗せ、船へ移す。
そこへ諸葛亮からの手紙が届く。
「呉軍が遠征しているすきに曹操が呉を攻め、呉は滅ぶ」
周瑜の身体は震えだし、必死の形相で筆を持ち、紙に何かを書きだしている。
「ああ、無念。この周瑜が地上にいながら、何故また、孔明が地にいるのか」
周瑜、生涯を閉じる。没年三十六歳。建安十五年冬十二月三日であった。