第八巻 図南の巻 第一九六回 魏延と黄忠
あらすじ
劉備が涪城を獲ったと聞いた劉璋は非常に驚いた。そして成都は大混乱した。
反劉備派の劉璝、冷苞、張任、鄧賢の四将は兵五万を率いて、劉備に対抗した。
成都と涪城のあいだに雒城がある。蜀の四将は二手に分かれ、ひとつは雒城に、ひとつは雒山をうしろに布陣した。
一方、劉備軍では、成都攻略の先鋒に老将黄忠と魏延が名乗りでて譲ることなく争った。
そんなふたりを劉備は一喝。龐統はふたりに作戦を命じた。黄忠は冷苞を、魏延は鄧賢を突破するというものであり、早く敵陣を粉砕したものが第一の功名とした。
黄忠と魏延は勇んで進軍した。
龐統は劉備に「あのふたりは必ず途中で喧嘩をします。主君は兵をつれて彼らの後陣におつづきください。涪城は龐統が守ります」と頼んだ。
劉備は関羽の養子関平と劉封をつれ、雒県へ急いだ。
黄忠と魏延の部隊は、それぞれ敵前の前に陣を敷いた。
魏延は物見の兵に黄忠の動きを探らせ、陣払いの時刻を早めた。そして黄忠が進むはずの左の山の道を進んだ。黄忠の鼻をあかしてやろうという行動だ。
未明に魏延は蜀の敵陣を見た。そして一気に敵営へ迫った。
蜀の敵は営門を開き、一斉に弓鉄砲を撃った。
山路のほうからは蜀の伏兵が現れ、魏延の部隊は蜀軍に囲まれた。
魏延はその場を去り、五、六里も逃げ退いた。
森や山際から敵兵が現れたため、魏延は逃げ道を変えた。
振り向くと、鄧賢が追ってきていた。大槍を頭上にあげて魏延を討とうとしていた。
そのとき、一本の白羽箭が鄧賢の喉を射た。
今度は鄧賢に代わって冷苞が魏延を追ってきた。
そこに、冷苞の部隊の横を衝く者がいた。
「黄忠ここにあり、怯むな、魏延」と弓を持った黄忠が魏延を励ます。
鄧賢の喉を射て、魏延を救ったのも黄忠であった。
冷苞は退却し、劉璝の陣地へ向かった。
劉璝の営内には見慣れない旗がなびいていた。劉備軍の関平が占拠していたのだ。冷苞は帰る陣がなくなった。しかたなく山間へ逃げこむと、熊手や投げ縄が飛び出してきて、冷苞は捕らえらた。これは魏延がしかけた策である。さきに大敗を喫していた魏延は満足気であった。
黄忠は劉備に「抜駆けは軍法の大禁。魏延はそれを犯したのです。ご処分をくださなければ、軍紀のみだれとなりましょう」と訴えた。
魏延は、捕らえた冷苞を自身でひいて劉備の前にでた。
劉備は魏延を叱ると、魏延は黄忠の矢で救われたことに感謝し、抜駈けしたことを詫びた。
劉備は冷苞に「雒城へ帰って、君の友を説き、城を無血で予に渡すように」と説き、陣外へ解放した。
雒城へ戻った冷苞は「生け捕られたが、番の兵を斬って逃げてきた」と偽り、劉備の約束を反故にした。そして劉璝、張任、冷苞の三将は成都へ援軍を求めた。
ほどなくして、劉璋の嫡子劉循とその祖父呉懿が二万騎をひきいて、雒城へ入った。
この軍は呉懿を総帥とし、蜀軍の常勝王といわれた呉蘭将軍、雷同将軍なども加わっていた。
呉懿は五千の鋤鍬部隊に、夜陰を待って、涪江の堤防を決壊させるため、待機を命じた。