一書生(いちしょせい) 三国志 出師の巻

・陸遜、大都督となる

あらすじ

蜀との和平交渉が失敗した呉の使者程秉(ていへい)は急いで呉国へ帰った。
さっそく、建業城で大会議が開かれたが、蜀を恐れ、誰も声を発しなかった。
そこで闞沢(かんたく)が、蜀を破るには、荊州にいる陸遜(りくそん)が適任と推薦した。
陸遜は一儒生(じゅせい)にすぎない。皆が大反対した。
しかし孫権は荊州を守る陸遜をすぐに呼べと命じた。
その理由は、あの呂蒙が自身の代わりに荊州の守りに抜擢していたため、何かみどころがあるに違いないと考えたからだ。
建業へ戻った陸遜は、大都督護軍鎮西将軍となり、軍の総司令官として蜀軍にあたることとなった。

諸将は、学問しか知らない陸遜に従うはずはなく、陰口をたたいていた。
そんな中、陸遜は軍議を開き、諸将の前で、軍律を破る者は斬る、と宣言した。

次の日、陸遜の名で、蜀と戦うことを禁じる、という軍令が通達された。
諸将は軍礼を知り、陸遜のもとへ押しかけた。そんな消極的な策でそうする、と問い詰めた。
陸遜は手に剣をとり、これ以上いうのなら斬るぞ、と大声で叱った。
諸将はしかたなく帰って行ったが、不満はいっそう大きくなった。

一方、蜀の劉備は、陸遜が大都督になったことを知り、どのような人物かと尋ねた。
そばにいた馬良が、陸遜は一書生で若年だが、亡くなった呂蒙(りょもう)は先生と敬っており、呉軍が荊州を襲ったのは呂蒙の策といわれているが、すべては陸遜の進言によるもの、と答えた。
劉備は、陸遜こそ、関羽を討った仇だと知り、目の色が変わった。
すぐに軍を進めるよう、諸将に命じた。
馬良は、陸遜を侮ってはいけない、と劉備を諫めたが、劉備は、我が策が陸遜の策に劣るのか、と返したため、馬良は何も言えなくなった。

メモ

●黄口(こうこう)
年若く思慮経験の浅いこと。

●儒生(じゅせい)
儒学をおさめる者。

●文弱(ぶんじゃく)
文事にふけって弱々しいこと。

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