内容
袁術(えんじゅつ)は寿春(じゅしゅん)の城を脱出する準備にかかる。
李豊(りほう)ら四将と兵十万が城に残り、
袁術(えんじゅつ)とその家族は兵二十四万が従え、城の倉庫にある金銀財宝を車に積んで運び出す。
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曹操軍が寿春(じゅしゅん)の城下に迫ったのは、袁術(えんじゅつ)が脱出したあとだった。
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曹操軍は城を囲んで一か月近くとなり、兵糧の備えがわずかとなる。
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兵糧担当の王垢(おうこう)は曹操に言う。「兵糧が幾日もありません」
曹操は「桝(ます)を小桝にかえるがいい」と言う。
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下級兵は不平を口にし、その不満は曹操に向けられる。
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曹操は王垢(おうこう)を呼び、首を斬る。
王垢(おうこう)の首は陣中に晒され、立札が添えられた。「王垢(おうこう)、小桝を用いて私腹をこやす。軍法によってここに正す」
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曹操は寿春(じゅしゅん)攻めの大号令をだし、自ら兵を率い、先頭に立つ。
曹操軍は城内に入り、火をかける。
城を守っていた李豊(りほう)以下ほとんどの者は斬られる。
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曹操軍は淮河(わいが)をわたり袁術(えんじゅつ)を追うために、いかだの用意をする。
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曹操のもとに「荊州(けいしゅう)の劉表(りゅうひょう)が、張繍(ちょうしゅう)と結託して、あやしい動きをしている」と許都(きょと)から急報がくる。
曹操は許都(きょと)へ帰るにあたり、孫策(そんさく)へ「兵船をもって荊州(けいしゅう)の劉表(りゅうひょう)を威嚇せよ」と早馬を飛ばし、
呂布(りょふ)と劉備に義を結ばせ、劉備に「小沛(しょうはい)へ帰るように」と命じる。
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曹操は許都(きょと)へ帰ると、雑軍の野将二名が長安の李傕(りかく)と郭汜(かくし)の首を献上しに来た。
許都(きょと)は祝賀一色となる。
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