あらすじ
一
柴桑城(さいそうじょう)の大堂には、孫権をはじめ、左の列には張昭(ちょうしょう)・顧雍(こよう)・張紘(ちょうこう)・歩隲(ほしつ)・諸葛瑾(しょかつきん)・虞翻(ぐほん)・陳武(ちんぶ)・丁奉(ていほう)ら、右の列には程普(ていふ)・黄蓋(こうがい)・韓当(かんとう)・周泰(しゅうたい)・蒋欽(しょうきん)・呂蒙(りょもう)・潘璋(はんしょう)・陸遜(りくそん)らが、周瑜が来るのを待っていた。
周瑜は自席につくと、降参をすすめる張昭を論破した。
二
周瑜は孫権に開戦を主張した。
孫権は曹操を討てと命じ、周瑜を呉軍大都督、程普を副都督、魯粛を賛軍校尉に任じた。
三
周瑜は、夜明けまでに出陣の準備を整え、江の畔に集合せよと告げた。
周瑜は諸葛亮を呼び、今日の出来事を語った。
諸葛亮は、孫権の不安を完全に取り除くために、敵味方の兵力を説明しておく必要があると勧めた。
周瑜は夜半であったが、孫権に会い、曹操軍の兵力は寄せ集めであり、呉の兵力とは比べものにならないと説明し、勇気づけた。
四
周瑜は、諸葛亮の洞察力・賢明さに恐怖を覚えた。
周瑜は魯粛を呼び「のちの災いになるため、諸葛亮を斬るべきではないか」と聞いてみた。
魯粛は反対し「兄の諸葛瑾を差し向けて、呉の正臣になるよう説得をさせてはいかがだろうか」と勧めた。
周瑜は江の岸で待つ五万の兵へ「魏を敗れ」と命じた。
そして、先鋒に韓当(かんとう)・黄蓋(こうがい)、第二陣に蒋欽(しょうきん)・周泰(しゅうたい)、第三陣に凌統(りょうとう)・潘璋(はんしょう)、第四陣に太史慈(たいしじ)・呂蒙(りょもう)、第五陣に陸遜(りくそん)・董襲(とうしゅう)、督軍目付に呂範(りょはん)・朱治(しゅち)とした。
五
一方、その頃、諸葛瑾(しょかつきん)は諸葛亮の客室を訪ねていた。
諸葛瑾は、いにしえの伯夷(はくい)と叔斉(しゅくせい)の兄弟の話をきっかけに、呉の臣下に加わるよう説得するつもりであったが、諸葛亮に説き伏せられて失敗に終わった。