蜀人・張松(しょくじん・ちょうしょう)

第七巻 望蜀の巻 第一八七回 蜀人・張松

あらすじ

漢中かんちゅうの民は五斗米教ごとべいきょうという一種の道教が広く親しまれていた。その勢力は国主をしのぐものである。
教主は張魯ちょうろといい、民衆は五斗米をかついで救いを求める。けが人や病人が祈祷をたのむと、時々、奇跡が生まれ、完治する者がでる。それで、愚民は信じてしまう。
邪教の蔓延は今年で三十年にもなるが、中央から遠い巴蜀はしょくの地であるため、兵を向けて一掃することもできなかった。
そこで、教主張魯に対して、鎮南中郎将ちんなんちゅうろうしょうという官職を与え、漢寧かんねいの太守に封じ、そのかわりに、年々の貢ぎ物を差し出すようにと誓わせていた。

ある日、漢中の一百姓が自分の畑から黄金の玉璽ぎょくじを掘り出し、庁へ届けでた。

群臣は張魯に薦める。
「天のご指示、漢寧王の位につくべし」
閻圃えんほという者が進言する。
「まずは蜀四十一州を併合統一するのがよいでしょう」
張魯の弟、張衛ちょうえいも賛成。張魯はふたりの意見に心を動かされ、入蜀の準備を命じる。

一方、蜀では漢中の張魯が攻めてくると知り、評議を開いていた。
そこで、張松が発言する。許都に上って曹操に会い、この禍いを変えてみせるというのだ。
張松の策は認められた。

張松は西蜀四十一州の地図を携え、曹操の礼物として金珠きんしゅ錦繍きんしゅうの贈物を白馬七頭に積み、都へ向かう。

都に着いた張松は、相府に入国の届を出し、拝謁簿はいえつぼに姓氏官職を記入した。
吏員がやがて丞相からお呼びがあるので待つようにと言ったので、客舎で待っていたが、幾日たってもお呼びがない。
怪しんでいると、客舎の主人が教えてくれた。
「賄賂を吏員に贈らなかったからでしょう」
客舎の主人をとおして莫大な賄賂を相府の吏員に贈ると、五日目ごろに呼び出しがあった。

曹操は張松をひとにらみする。
「蜀はなぜ毎年の貢ぎ物を献じないか」
張松は答える。
「蜀道は盗賊が多く、貢ぎを送る方法がありません」
曹操は反論する。
「予は天下を治めておる。盗賊が出没するはずがない」
張松は返す。
「まだ天下は平定しておりません。張魯、玄徳、孫権がいます」
曹操は急に席を立ち、後閣へ入っていった。激怒した様子である。

階下に整列していた近臣は、張松の愚を笑う。
「丞相に逆らうとは。早く蜀へ帰りなさい」
張松は笑った。
「魏の人は嘘で固めているとみえる。わが蜀には、こびへつらうような者はいない」
近臣のうちから楊修ようしゅうという青年が、張松の前へ立つ。
「だまれ。君に申しておきたいことがあるから、こっちへきなさい」
楊修は張松を閣の書院へひっぱって行く。

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