内容
曹操(そうそう)の使いが、韓遂(かんすい)のもとへ来て、書面を届けた。
書面にはこうある。「君と予とは、天下を語り合った友だった。今は敵と味方に分かれているが、旧情は忘れたことがない。和睦が成立したことだし、旧友韓遂として訪ねてこないか」
韓遂は旧情をうごかされ、次の日、甲(よろい)も着ずに、武者も連れずに、曹操を訪ねた。
「やあ、ようこそ」曹操は内には招かず、陣外へ出て、韓遂と少しの立ち話をし、諸将と要談中という理由で、ふたりは別れた。
その様子を見ていた者が馬超(ばちょう)へ知らせた。
次の日、馬超は韓遂を呼び、曹操と密談していたことを問うた。
「密談ではなく、少年時代のことを、二、三話して別れただけです」韓遂は密談を否定した。
「そんなに古くから、曹操と親しい仲であられたか」馬超は疑いの目で見るが、韓遂は潔白であるため、笑い話をして帰った。
一方、曹操は、韓遂と会ったその日の夜、賈詡(かく)を呼び、「どう見えた。きょうの計は」と問うた。
「もう一つ足りません。馬超が韓遂を心から疑わせるまでには至っていません」賈詡は言い、策を進言した。
・曹操からもう一度、韓遂に親書を送る
・その親書は、文字などもわざとかすませ、思わせぶりに、そして、失筆で塗りつぶし、また削り改めたりする
受け取った韓遂は「何だろう」と怪しんで、馬超へ見せに行く。そうなれば、計略は成功したも同然との見立てだ。
馬超は、曹操と韓遂の密談以後、腹心の男を韓遂の陣門に立たせ、出入りを見張らせていた。
「今夕、またも、曹操の使いらしい男が、韓遂の営内へ、書簡を届けて立ち去りました」腹心の者が馬超に知らせた。
馬超はすぐに飛び出し、韓遂の陣門を叩いた。
「何事ですか、おひとりで」韓遂が迎えると、「急に戦いもやんで、何やら手持ち不沙汰だから、酒でもご馳走になろうかと思って」と馬超は答えた。
一杯うけて、馬超は「曹操から何か言ってきたかね」と問うと、「たった今、妙な書簡をよこしたので、悩んでいるところです」と韓遂は、卓の上にひろげてある書面へ眼を落して答えた。
馬超はすぐに手を伸ばして、見入った。その書面は、辞句も不明だし、所々が塗りつぶされており、書入れもしてある。
「借りていくぞ」馬超は袂へ入れて、出て行った。
次の日、「馬超がお呼び」と、使者が韓遂へ知らせた。韓遂は、すぐに出向いた。
「曹操の書簡を灯に透かしてみると、不穏な文字が見える。この馬超を裏切るつもりか」馬超は問い詰めた。
「明日、それがしが、曹操の城寨を訪ね、陣外で曹操と談笑しますから、あなたは附近に隠れて、曹操を討ってください。そうすれば、それがしのお疑いは晴れるでしょう」韓遂は言った。
次の日、韓遂は幕下の李湛(りたん)、馬玩(ばがん)、楊秋(ようしゅう)、侯選(こうせん)などを連れて、曹操の城寨を訪ねた。
曹操は、韓遂が訪ねてきたことを知ると、曹仁(そうじん)を呼び、何かをささやいた。
陣門から出てきたのは曹仁。馬上のまま韓遂のそばへ寄り添って、「昨夜は、お手紙をありがとう。丞相(じょうしょう)もよろこんでおられる。しかし、事前に発覚しては一大事、馬超の眼にご注意を」と言いすてると、立ち去って陣門を閉めてしまった。
物陰で見ていた馬超は激怒。韓遂が馬超のもとへ帰るや否や、剣を取って荒れ狂った。旗本たちに抱き止められて、馬超は剣をおさめた。
韓遂は肩を落として自分の営へ戻った。
「われわれは将軍の二心なき忠誠を知っています。馬超は勇あれど智謀たらず。曹操には敵わないでしょう。今のうちに、曹操に降ってはいかがですか」八旗の中の五人の侍大将たちが、韓遂を慰めた。
「慎め」韓遂は聞く耳を持たなかった。
しかし、五旗の侍大将は、すでに馬超を見限っており、かわるがわる離反をすすめた。
ついに、韓遂は決心した。その日の夜、楊秋を密使に立て、曹操のもとへ向かわせた。
曹操は韓遂へ返書とともに、一計を授けた。
・明日の夕方、馬超を招き、宴を開くべし
・油幕(ユマク)の周囲に枯柴を積み、火をもって巨鼠を窒息させよ
そうすれば、火を合図に曹操自ら兵を率いて攻め込み、馬超を生け捕りにするという見立てだ。
次の日、韓遂は五旗の腹心をあつめて、曹操の策を協議し、実行することにした。
油幕を張り、枯柴を隠し、宴席の準備をした。韓遂らは前祝いに一献酌み交わした。
「反逆人どもっ。うごくな」馬超が、突然、入ってきて、「昨夜から、何を密議していたか」と韓遂に斬りかかった。
戟(ほこ)をとるまもなかった韓遂は、左の肘で身を防いだため、馬超の剣は、その左腕をつけ根から斬り落とした。
五旗の侍大将は、左右から馬超に討ってかかり、馬超に従ってきた龐徳(ほうとく)と馬岱(ばたい)は、韓遂の部下を手当たり次第に斬った。
油幕の外は火になっていた。
火が上がるのを見た曹操軍は、渭水(いすい)を渡り、火の中へ駈け込んできた。
「馬超を生捕れっ」許褚(きょちょ)をはじめとして、夏侯淵(かこうえん)、徐晃(じょこう)、曹洪(そうこう)らが馬超を探している。
馬超は陣外へ駆けだしたが、龐徳や馬岱の姿が見あたらなかった。
西涼勢は大混乱していた。
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