長坂橋(ちょうはんきょう) 赤壁の巻

あらすじ

景山の上から状況を眺めていた曹操は、わが軍のなかを駆け破る者が趙雲だと知り、生け捕るよう命じた。曹操の人材蒐集欲によるものだ。

趙雲は敵の囲みを突破していく。

山間の小道まで出ると、大斧使いの鍾縉と方天戟使いの鍾紳が待ち構えており、趙雲を挟み撃ちにした。

うしろからは、張遼・許褚の軍が迫ってきている。

趙雲は鍾縉と鍾紳を斬り捨てた。

趙雲はうしろに敵の猛兵を引き連れたまま長坂坡まで来た。

趙雲は長坂橋を渡り、あとは張飛にまかせて、劉備のもとに駆け込んだ。

趙雲は劉備に糜夫人の最期を詫び、鎧を脱いで、幼主阿斗を劉備へ渡した。

劉備は阿斗を草むらへ放り投げた。

阿斗よりも趙雲の命の方が重い。阿斗のために趙雲が命を落とすところであったと、劉備は言うのだ。

趙雲は劉備への忠誠を誓いなおした。

曹操をはじめ、曹仁・李典・夏侯惇・楽進・張遼・許褚らが長坂橋へ向かった。

趙雲を追っていた文聘が曹操のもとに逃げ戻ってきた。
張飛ひとりに敗れたというのだ。

長坂橋にいる張飛を諸将が攻撃しようとしてとき、曹操が制止した。
諸葛亮の計にのるな。対岸の林に兵が隠れているというのだ。

夏侯覇が「張飛以上の者が味方の中にいることを見ててください」と大声で叫び、張飛へ迫った。

張飛が蛇矛を一振り宙に描いたとたん、夏侯覇が馬から転げ落ちた。

数十万の兵は動揺。曹操は退却を命じた。

曹操が全軍の立て直しを命じたとき、敵が長坂橋を焼き払って退いたとの報告が入った。

曹操は敵の兵力は少ないと判断し、橋を架けて劉備を追えと号令した。

劉備らは江陵へ出られなくなったため、沔陽から漢津へ出る道を逃げ続けた。

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