あらすじ
一
曹仁・曹洪らは洪水のような波から逃れ、博陵の渡口まで逃げた。
そこには、諸葛亮の命により張飛が待ち構えており、大打撃を受ける。
劉備は樊城へ入った。
しばらくして、曹操は、曹仁・曹洪らの大敗北を宛城で聞いた。敗因が諸葛亮の指揮であることを知り、激怒した。
そばにいた劉曄が「劉備に和睦を求めるのがよい」と進言。その使者に徐庶を推薦した。
二
樊城で、徐庶は劉備・諸葛亮と再会。曹操の本心が和睦ではないことを伝え、すぐに帰った。
曹操が和睦拒否を知ると、樊城攻めにでる。徐庶が曹操に報告するまでに樊城を捨てなければ。
劉備は諸葛亮の勧めもあり、百姓たちを連れ、襄陽に逃げることにした。
劉備らが江を渡っているなか、曹操軍の一手が追いかけてきた。
三
なんとか渡りきった劉備らは、劉琮がいる襄陽城の前まで来た。
開門をうながすが、答えはなく、矢が雨のごとく落ちてきた。
この様子を城中から見ていた魏延が怒りを爆発させ、部下を率いて、つり橋を降ろしていた。
張允・文聘が魏延を取り押さえようとしている。
諸葛亮は、城内で仲間割れが起きていると判断し、江陵へ向かうことにした。
一方、魏延は満身創痍になりながら城外へ脱出。長沙へ落ちていった。
四
諸葛亮は劉備に「百姓たちを捨てて江陵へ急がねば、曹操軍にやられてしまう」と告げる。
しかし劉備は百姓たちを見捨てなかった。
諸葛亮は覚悟を決めた。江夏を守る劉琦のもとへ関羽と孫乾を向かわせ、「江陵城に来られるべし」との劉備の書簡と援軍要請を依頼した。
一方、曹操は、宛城から樊城へ移っていた。
曹操は劉琮との対面を申し入れた。
劉琮は曹操が怖いらしく、対面を嫌がった。
そんな劉琮に、王威が曹操との対面を勧め、「曹操の首を獲るチャンス」だと告げる。
そのこと知った蔡瑁は王威を斬ろうとしたが、蒯越の諫めにより、事なく済んだ。
劉琮の名代として、蔡瑁・張允・文聘が曹操に降伏の礼を執った。
曹操は、蔡瑁と張允を水軍の大都督と副都督に任命した。
次の日、曹操は襄陽城へ入った。
劉琮に代わって蔡夫人が印綬と兵符を曹操に渡した。
曹操は劉琮を青州刺史に任命した。
劉琮は荊州から離れたくないと嘆き訴えるが、曹操は突き放した。
数日後、劉琮と蔡夫人は青州へ向かった。
曹操は于禁を呼んだ。于禁は五百余騎を率いて出て行った。
劉琮と蔡夫人は斬られた。