あらすじ
一
周瑜は打ちどころが悪かったのか、うめき苦しんでいた。
諸葛亮と魯粛は周瑜の陣営へ見舞いに訪ねた。
諸葛亮は周瑜を見て、身体ではなく、心の病であることを見抜いた。魯粛以外のほかの者全員を退けたのち、紙に何かを書いて周瑜に見せた。
紙にはこのように書かれていた。
曹操を破るには、火攻めを用いればよい
すべての準備は整っているが、東風だけが吹かない
「恐れ入った。先生には隠し事はできない」と、周瑜は答えた。
二
季節は北東の風ばかりが吹く時であり、北岸の魏軍に火攻めの計を行えば、味方の南岸に飛火し、自ら火をかぶるおそれがある。そのことを周瑜は悩んでいたのである。
周瑜は諸葛亮に教えを乞うた。
諸葛亮は「若年の頃、異人に会って、八門遁甲を身につけております。都督が東南の風をお望みならば、風を祈ってみますが」と言い、続けた。「十一月二十日は甲子にあたります。この日にかけて祭すれば、三日三夜のうちに、東南風が吹きましょう」
周瑜は病を忘れた。魯粛と諸葛亮は南屏山へ向かい、七星壇を築く工事を進めた。
十一月二十日になり、諸葛亮は身を清め、白の道服を着て、素足のまま壇へ登り立ち、魯粛は南屏山を駆け下りていった。
三
諸葛亮は「行」を始めた。夜を徹して「行」にかかったが、なんの兆しもあらわれなかった。
つぎの日も風は吹かずに暮れた
周瑜は怪しんだが、しばらくすると、生暖かい風、東南の風が吹き始めた。
四
周瑜も魯粛も思わず叫んだ。
見渡せば、立て並べてある旗はみな、ことごとく西北の方へ向かってひるがえっていた
周瑜は急に、丁奉と徐盛を呼び、水陸の兵五百を与えて、南屏山へ向かわせた。
それを見ていた魯粛は不審に思ったのか、「まさか孔明の命を奪いにやったのではないでしょうね」と尋ねたが、周瑜は何も答えなかった。
一方、南屏山へ向かった丁奉と徐盛だが、七星壇に諸葛亮の姿はなかった。山を降り、長江の岸まで駆け、下流へ迫ると、前方に一艘の船を見た。
「お待ちください。諸葛先生ではありませんか。周都督からのお言いつけがあります」と、手を挙げて怒鳴った。
白衣姿の諸葛亮が船尾に現れて答えた。「周都督のお旨はわかっております。それよりもすぐに戻って、東南の風が吹いています。早く敵を攻めてください、とお伝えください」
諸葛亮の乗る船は、みるみるうちに遠くなった。