あらすじ
一
「ご命令どおり、兵船を鎖でつなげ、連環の配列を終えました」と、水軍の総大将毛玠と于禁が、曹操に報告をした。
それを受けて、曹操は水軍の手分けを定めた。
中軍の船隊は黄旗を揚げ、毛玠と于禁。
前列の船団は紅旗を掲げ、徐晃。
黒旗を揚げる船列は、呂虔。
左備えの船隊は青旗を揚げ、楽進。
右備えの船隊は白旗を揚げ、夏侯淵。
水陸の救応軍は、夏侯惇と曹洪。
交通守護軍、監戦使には、許褚、張遼。
そして、曹操は、即日、大艦隊は呉へ向かわせた。
この日の風浪は荒かったが、船と船は鎖で繋がれているため、揺れは少なく、曹操は「龐統の献言はさすがである」ともらした。
しかし、風浪がやまないので、大艦隊は烏林の湾口に停泊した。南の岸にある呉の本営とは指差しできるほどの距離である。
程昱が曹操に尋ねた。「万一、敵に火攻めの計をはかられたら、一大事ではありませんか」
「ははは、心配するな。今は十一月。西北の風が吹く季節だが、東南の風が吹くことはない。わが陣は北岸にあり、呉は南にある。敵が火攻めを行えば、自ら火をかぶるようなものだ」
もと袁紹の部下で、いまは曹操に仕えている燕の人、焦触と張南が「二十艘の船を貸していただきたい。そして、序戦の先陣を仰せつけください」と申し出た。
二
曹操は止めたが、二人の熱望に、ついに許し、大事をとって、文聘と三十艘の兵船、兵五百を加えた。
呉の陣営では、物見の兵が「二列、二手にわかれた敵の兵船が攻めてきます」と怒鳴った。
韓当と周泰が十数艇の牛革船を率いて、敵船へ向かった。
三
周瑜は、陣後の山へ駆け登った。
敵・味方の兵船が入り乱れている。
呉の周泰は、投げた槍で敵の焦触を仕留め、そして、船を張南の船にぶつけて乗り込み、張南を斬ってその船を分捕った。
山の望戦台より見ていた周瑜は、味方の大勝に喜んでいたが、曹操の大艦隊が呉岸へ向かって動き出すのを見て、みるみる青ざめていった。
すると突然、龍巻が起こり、曹操の乗る旗艦の「師」字の旗竿が折れた。
これは大不吉に違いないと、大艦隊は烏林の湾口ふかくに引き返した。
周瑜は「天の佑けだ」と喜んだ。
しかし、龍巻は、呉の陣が敷いてある南岸にも向かってきた。
周瑜の傍らに立ててあった大きな司令旗の旗竿が、強風で二つに折れ、周瑜はその下敷きになった。
周瑜は山の下へ運ばれて行ったが、気を失ったままであった。