吉川三国志

吉川三国志

冬葉啾々(とうようしゅうしゅう) 図南の巻

内容宮中の侍郎(じろう)王粲(おうさん)らは「丞相(じょうしょう)は魏(ぎ)王の位につくべきだ」と言い出す。↓荀攸(じゅんゆう)は「王は最上の爵位。高祖は劉(りゅう)氏一族のみに限ると法に定めている」と王粲らに反論。↓曹操は「ばかなやつだ」...
吉川三国志

臨江亭会談(りんこうていかいだん) 図南の巻

内容呉(ご)の使者として諸葛瑾(しょかつきん)は劉備(りゅうび)に会い、孫権(そんけん)からの書簡を渡す。↓孫権の書簡を劉備は引き裂く。↓劉備は、荊州のうち長沙(ちょうさ)、零陵(れいりょう)、桂陽(けいよう)の三郡を呉へ還すことを書簡に書...
吉川三国志

成都陥落(せいとかんらく) 図南の巻

内容李恢(りかい)は馬超(ばちょう)を説得し、降伏させる。↓馬超は劉備に会い、「真の盟主を仰いだここちがする」と感激する。↓葭萌関(かぼうかん)の守りを霍峻(かくしゅん)と孟達(もうたつ)にまかせ、劉備は綿竹(めんちく)の城へ帰る。↓蜀(し...
吉川三国志

馬超と張飛(ばちょうとちょうひ) 図南の巻

内容夏侯淵(かこうえん)、姜叙(きょうじょ)、楊阜(ようふ)の連合軍に、歴城(れきじょう)を攻め落とされた馬超(ばちょう)は、逃げ落ちた。隴西(ろうせい)の州郡は治安をとりもどし、曹操(そうそう)は姜叙にこの地域の治安を託し、楊阜を関内侯(...
吉川三国志

西涼ふたたび燃ゆ(せいりょうふたたびもゆ) 図南の巻

内容建安(けんあん)十八年八月。蒙古(もうこ)高原より胡夷(えびす)の猛兵をしたがえて、隴西(ろうせい)の州郡をたちまち征服していく一軍があった。この軍の大将は、曹操に破れて逃げ落ちていた馬騰(ばとう)将軍の子馬超(ばちょう)だった。馬超は...
吉川三国志

金雁橋(きんがんきょう) 図南の巻

内容涪城(ふじょう)に閉じこもっている劉備(りゅうび)は、諸葛亮(しょかつりょう)が来るのを待っていた。黄忠(こうちゅう)は、諸葛亮を待つよりも、いまのうちに蜀(しょく)の陣営を攻めませんか、と進言した。劉備は百日の沈黙を破り、蜀の陣営に夜...
吉川三国志

草を刈る(くさをかる) 図南の巻

内容張飛(ちょうひ)は、草刈り部隊を編成し、巴城(はじょう)の裏山の草を刈らせ、草を本隊へ運ばせることを、毎日させた。↓厳顔(げんがん)は、張飛の草刈り部隊に十名の兵を紛れ込ませて、目的を探るように命じた。↓草刈り兵になりすました厳顔の兵た...
吉川三国志

破軍星(はぐんせい) 図南の巻

内容七夕の日の日が暮れた頃。荊州(けいしゅう)城内の街々では、祭りがおこなわれていた。城中でも酒宴をもうけ、諸葛亮(しょかつりょう)は諸大将を慰労していた。↓夜も更けてきた頃。諸葛亮は夜空を眺めていると、大きな星が西の空へ飛び、砕けて消えた...
吉川三国志

落鳳坡(らくほうは) 図南の巻

内容荊州(けいしゅう)を守る諸葛亮(しょかつりょう)から涪城(ふじょう)にいる劉備に書簡が届いた。諸葛亮の書簡を読み終わった劉備は、また最初から読み始め、それを何度も繰り返した。その様子はまるで恋文を読んでいるように思われた。書簡を読み終え...
吉川三国志

短髪壮士(たんぱつそうし) 図南の巻

内容劉備(りゅうび)は涪城(ふじょう)へ帰えると、「漢中(かんちゅう)の張魯(ちょうろ)が葭萌関(かぼうかん)を攻めている」という知らせが入ってきた。劉備は、孟達(もうたつ)と霍峻(かくしゅん)に葭萌関(かぼうかん)を守るようにと命じた。↓...
吉川三国志

魏延と黄忠(ぎえんとこうちゅう) 図南の巻

内容劉備(りゅうび)が涪城(ふじょう)を取ったという知らせを聞いた太守劉璋(りゅうしょう)は非常に驚き、成都(せいと)は大混乱した。↓劉璝(りゅうかい)、冷苞(れいほう)、張任(ちょうじん)、鄧賢(とうけん)の四将は、劉備の進軍を防ぐため、...
吉川三国志

酒中別人(しゅちゅうべつじん) 図南の巻

内容葭萌関(かぼうかん)を退いた劉備(りゅうび)は、荊州(けいしゅう)へ帰るため、高沛(こうはい)と楊懐(ようかい)が守る涪水関(ふすいかん)へ向かった。↓涪水関の大きな建物が見えた頃、関門から一群の軍隊が劉備軍の方へ向かって来た。遠路途中...
吉川三国志

上・中・下(じょう・ちゅう・げ) 図南の巻

内容葭萌関(かぼうかん)で、漢中の張魯(ちょうろ)軍と蜀(しょく)を守る劉備(りゅうび)軍は対峙(たいじ)していた。両軍はたがいに譲らず、幾月かが過ぎた。↓曹操(そうそう)が呉へ攻め下った、という知らせをを受けた劉備は、軍師龐統(ほうとう)...
吉川三国志

日輪(にちりん) 図南の巻

あらまし孫権の妹にして劉備の夫人、阿斗を連れずに呉の都へ帰る。↓孫権、重臣張紘の遺言により建業(けんぎょう)へ遷都。呂蒙の意見を採用し、濡須(じゅしゅ)に堤を築く。↓長史董昭、魏公(ぎこう)にのぼり、九錫の礼(きゅうしゃくのれい)をもつこと...
吉川三国志

珠(たま) 望蜀の巻

内容漢中(かんちゅう)の張魯(ちょうろ)が大兵をあげて攻めて来た、という知らせが、蜀(しょく)国境の葭萌関(かぼうかん)から届いた。↓劉璋(りゅうしょう)はそのことを劉備(りゅうび)に伝えて協力を求めると、直ちに兵を率いて劉備は国境へ向かっ...
吉川三国志

鴻門の会に非ず(こうもんのかいにあらず) 望蜀の巻

内容建安(けんあん)十六年冬十二月。劉備(りゅうび)は蜀(しょく)の国境へ入ると、孟達(もうたつ)が四千騎を率いて出迎えていた。↓大守(たいしゅ)劉璋(りゅうしょう)は、成都(せいと)をでて涪城(ふじょう)まで出迎えるため準備をしていた。そ...
吉川三国志

進軍(しんぐん) 望蜀の巻

内容蜀(しょく)の劉璋(りゅうしょう)は狼狽する。張松(ちょうしょう)から「曹操(そうそう)野心あり」と報告を受けたからだ。↓張松は、荊州(けいしゅう)の劉備(りゅうび)に頼ることを進言。↓この時、帳外から黄権(こうけん)が入ってきて反対し...
吉川三国志

西蜀四十一州図(せいしょくよんじゅういちしゅうず) 望蜀の巻

内容曹操(そうそう)が誇る虎衛(こえい)軍五万の教練を見学していた蜀の使者張松(ちょうしょう)の態度は、いかにもあざ笑っている風であった。「もし曹操が西蜀(せいしょく)に、この軍をもって攻めた時、蜀の者はみな逃げ隠れる術でも自慢するのか」曹...
吉川三国志

孟徳新書(もうとくしんしょ) 望蜀の巻

内容蜀(しょく)の使者張松(ちょうしょう)を閣の書院へ連れて行った楊修(ようしゅう)は、茶をすすめ、遠来の労を慰めた。楊修は曹操(そうそう)が書いた孟徳新書という名の一巻を張松に渡した。張松はざっと目をとおすと、楊修の手へ戻し、孟徳新書の文...
吉川三国志

蜀人・張松(しょくじん・ちょうしょう) 望蜀の巻

内容近年、漢中(かんちゅう)の民のあいだを、五斗米教(ごとべいきょう)と呼ばれる宗教が風靡していた。漢中におけるその勢力は国主をしのぐものであった。教主は、師君(しくん)と称し、名を張魯(ちょうろ)といった。教養なく、明日の希望もない民衆は...