吉川三国志

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呉の情熱(ごのじょうねつ) 赤壁の巻

内容諸葛亮が隆中(りゅうちゅう)を出た年の六年前、建安(けんあん)七年の呉での話から始める。曹操は孫権に使者を送った。孫権の長男を上洛させよ、という旨である。つまり人質を求めているのである。↓孫権は大会議を開いた。曹操に従う派と従わない派に...
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出廬(しゅつろ) 赤壁の巻

内容劉備と諸葛亮は意気投合した。↓「天下は曹操と孫権に二分されていますが、荊州(けいしゅう)と益州(えきしゅう)だけはいずれにも属しておりません」諸葛亮は続けた。「荊州と益州を奪い、両州を治めれば、曹操と戦うことができ、呉とは外交することが...
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立春大吉(りっしゅんだいきち) 孔明の巻

内容劉備は諸葛亮に会うことができず、ついに年は暮れてしまった。↓年は明けて、建安(けんあん)十三年。劉備は易者に吉日を選ばせ、体を洗い清め、関羽と張飛をともない、諸葛亮のもとへ向かった。↓諸葛亮の草庵に着くと、諸葛亮の弟諸葛均(しょかつきん...
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雪千丈(ゆきせんじょう) 孔明の巻

内容劉備が隆中(りゅうちゅう)の村落に近づいたころ、あたり一面は真白になっていた。↓諸葛亮の草庵の門へたどり着いた劉備は、童子に在否をたずねた。「今日はあの堂のなかにいるようです」童子は奥を指さした。劉備は関羽と張飛だけを連れ、奥へ進んだ。...
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孔明を訪う(こうめいをおとなう) 孔明の巻

内容城門の番兵は、翁が面会にきている、と劉備に報告した。劉備は内門まで迎えに行くと、その翁は司馬徽(しばき)であった。司馬徽(しばき)は、徐庶(じょしょ)が劉備に仕えていると聞き、会いに来たという。徐庶はここにはいないことを劉備は説明した。...
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臥龍の岡(がりょうのおか) 孔明の巻

内容母の身を案じる徐庶(じょしょ)は同時に、劉備のことも気になっていた。劉備が訪れても諸葛亮は簡単に動かないだろうと。徐庶は母のいる許都へ向かう前に、諸葛亮のいる隆中(りゅうちゅう)へ向かった。↓徐庶は諸葛亮に、劉備公が訪ねて来られるので、...
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諸葛氏一家(しょかつしいっか) 孔明の巻

内容諸葛亮の祖先に諸葛豊(しょかつほう)という人がいた。彼は、前漢の元帝の頃、司隷校尉(しれいこうい)をつとめていた。父の諸葛珪(しょかつけい)は、泰山(たいざん)の郡丞(ぐんじょう)をつとめていた。↓兄の諸葛瑾は、洛陽(らくよう)の大学へ...
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立つ鳥の声(たつとりのこえ) 孔明の巻

内容次の日の早朝。徐庶(じょしょ)は劉備のもとへ向かった。↓徐庶は劉備に会い、単福(たんふく)は仮の名で、本当の名は徐庶であることを告げ、詫びた。そして母の手紙をとりだした。「母の行く末を見終りましたら、かならず帰ってきますので、お暇をいた...
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徐庶とその母(じょしょとそのはは) 孔明の巻

内容新野(しんや)で劉備軍に敗れた曹仁(そうじん)と李典(りてん)は、許都(きょと)へ逃げ帰ってきた。曹操はふたりに対して敗戦の責任を問わなかった。ふたりからの報告により、単福(たんふく)という者が劉備の軍師として参加していることがわかった...
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軍師の鞭(ぐんしのむち) 孔明の巻

内容劉備軍に敗れ、敗走していた曹操軍の呂曠(りょこう)と呂翔(りょしょう)は、待ち伏せしていた劉備軍の張飛と関羽に斬られた。↓曹仁(そうじん)は激怒し、すぐに新野(しんや)へ攻め込もうとしたが、李典(りてん)は反対した。「二心を抱いたな」曹...
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吟嘯浪士(ぎんしょうろうし) 孔明の巻

内容劉備は司馬徽(しばき)の宅を去った。↓新野(しんや)へ帰った劉備は孫乾(そんけん)に書簡を持たせ、劉表(りゅうひょう)のもとへ向かわせた。↓劉表は、蔡瑁(さいぼう)が襄陽(じょうよう)の会で陰謀を企てていたことを知り、激怒した。「蔡瑁を...
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琴を弾く高士(ことをひくこうし) 孔明の巻

内容劉備はひとり、広い野をさまよっていた。このとき、四十七歳になっていた。↓彼方から牛の背にまたがった一人の子供が近づいてきた。「劉備様とちがいますか」すれ違いざまに子供は言った。耳がとても大きいので、そう思ったというのだ。子供は司馬徽(し...
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檀渓を跳ぶ(だんけいをとぶ) 孔明の巻

内容「近年、豊作が続いており、各地の諸官吏(かんり)を襄陽(じょうよう)に集めて慰労の大宴を開かれてはいかがでしょうか」ある日、蔡瑁(さいぼう)は主君劉表(りゅうひょう)に言った。「襄陽の会にわしは行かぬ」劉表は言い、代わりに劉備を主人役に...
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食客(しょっかく) 孔明の巻

内容曹操は冀州(きしゅう)の城にとどまり、漳河(しょうが)のほとりに銅雀台(どうじゃくだい)を築いた。息子の曹丕(そうひ)と曹植(そうしょく)を鄴(ぎょう)城へ留め、曹操は約三年ぶりに許都へ引き揚げた。×××劉備は荊州(けいしゅう)の劉表(...
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遼西・遼東(りょうせい・りょうとう) 孔明の巻

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野に真人あり(やにしんじんあり) 孔明の巻

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邯鄲(かんたん) 孔明の巻

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自壊闘争(じかいとうそう) 孔明の巻

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泥魚(でいぎょ) 孔明の巻

(adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({});出来事曹洪を黄河に残し、曹操軍が汝南へ向かう穣山のふもとで、曹操軍と劉備軍がぶつかり、曹操軍が六十里ほど退却する曹操の陣が趙雲に攻められるが...
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十面埋伏(じゅうめんまいふく) 孔明の巻

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